好きと嫌いと
2015年12月02日 (水) | 編集 |
ある物事、あるいは事柄、ある人について
なんとなく好き、なんとなく嫌いという事はある

でも、なぜ好きなのか、なぜ嫌いなのか?

好きなら好きな理由、嫌いなら嫌いな理由を
その対象をわかろう、知ろうとしないで
自分の感覚だけで決めてもいいだろうか?


何かをよく知らないうちに決めるということは
その良さを知る可能性を失うこともあるし
自分自身を井の中の蛙にしてしまうのと同じじゃないだろうか?

それを知ろうと、理解しようとするということは
好き嫌いを決める自分の理由を知ることは
自分自身をも知ることになるんじゃないだろうか?

そして、その自分自身も日々変わっていくのだから
好き嫌いも変わっていくだろう

嫌いだというだけで知ろうとしないということは
日々変わっていく自分自身のこれからの何かを
摘み取ってしまうように思う

そして、その摘み取った何かが与えてくれた可能性を
拒んでしまうということじゃないだろうか?


たとえ他人が言ったことでも受け入れたのなら
それを決めたのは自分だ

そして、その結果を受け取れるのも自分なのだ



これからの自分という可能性はいつもあるのだから

自分の中の好きなところ、嫌いなところもわかっていれば
自分自身を受け入れる準備ができているのだから

今までの自分もこれから変わっていく自分も

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