思春期にどうしてこの人はこうなんだろう?と思ったことがある
その時、自分の中の理想を基準にして人を見ていることに気づいた

親しい人には特にそんな風で
その人のことをきちんと見ていない自分が恥ずかしかった


昨日までのその人と今日のその人が
どのくらい変化しているかなんて考えもせずに
その人ならこういう考えのはずなんて思い込んでいたりして

そんな風に
自分が知らなかったということを知ることが
どういうふうに自分を変えるのかも少し怖かった

それに、どうしても人は自分の考え方から遠い事を
理解することはとても難しいこともその時に知った

いくらかの共感かいくらかの理解
それが自分以外の人との限界かもしれないとも

だから、知らないということを知ることは
もっと知らないことがあるのだということなんだろう
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人は人の中でそして大きな流れの生きている
いつも慣れている周りのすべても
実は知らないことの方が多いのかもしれない

みんな、大きな大きな地球の中で生きている
考えることをする命のひとつひとつ

自分が求めるものを得るために
目の前にあることが大きなものに繋がってそこにある

知らないということを深くよく考えてみよう
そこにあなたはどんなことをみつけられるだろうか?




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