Sue*(c.love.r) 日々の暮らし    ときどき handmade

 日々の暮らしの中 おだやかな時間と小さな幸せを  大切に♪  

あなたは?

気持ちがなんだか重いなぁ・・・・
と、いう時

何か一つのことを無心にする

お掃除をとても丁寧にするとか
食器棚や本棚、たんすや靴箱など
中の物を全部だして整理してみるとか
靴を磨き上げるとか
庭の草むしりとか

そんなことが私には向いている


ちょっと意外なんだけど
普段はしないネイルを自分でして
遊んでみるのもいい

何種類か持ってるネイルを指ごとに替えて塗ったり
違うネイルを重ね塗りしたり、部分塗りしたり

ネイルアートなんて言えないくらい下手だけど
いろいろと遊んでできあがってみると
下手なのだけど、なんだか面白い


あなたは何をしますか?

音(おと)からの言葉

以前、どこかで聞いた話
「 きょうようがあるしあわせ・きょういくがあるしあわせ 」

その時、脳内で漢字に変換されたのは
「 教養がある幸せ、教育がある幸せ。 」

でも、その言葉の意味を聞いたら
「 今日、用事があることの幸せ。今日、行く所がある幸せ 。」 だった


言葉の音だけだと一緒だけど
漢字も意味も違うことなのにと苦笑しながら
ふと、思った!!

そんな風に言葉の誤変換をしていることや
意味が同じなのに全く違う言葉もあることに
だじゃれみたいだけど、言葉を音だけにしてみるとおもしろい


「 きょうようがあるしあわせ・きょういくがあるしあわせ 」
「 教養がある幸せ、教育がある幸せ 。」
「 今日、(用)がある幸せ、今日、(行く)がある幸せ。 」

それでも、この二通りの漢字に変換された文は
どちらもなんだか、日々の幸せの道しるべのよう

あなたの幸せの道しるべの言葉は
どんな音(おと)を奏でていますか?
どんな文字のつながりですか?

好きと嫌いと

ある物事、あるいは事柄、ある人について
なんとなく好き、なんとなく嫌いという事はある

でも、なぜ好きなのか、なぜ嫌いなのか?

好きなら好きな理由、嫌いなら嫌いな理由を
その対象をわかろう、知ろうとしないで
自分の感覚だけで決めてもいいだろうか?


何かをよく知らないうちに決めるということは
その良さを知る可能性を失うこともあるし
自分自身を井の中の蛙にしてしまうのと同じじゃないだろうか?

それを知ろうと、理解しようとするということは
好き嫌いを決める自分の理由を知ることは
自分自身をも知ることになるんじゃないだろうか?

そして、その自分自身も日々変わっていくのだから
好き嫌いも変わっていくだろう

嫌いだというだけで知ろうとしないということは
日々変わっていく自分自身のこれからの何かを
摘み取ってしまうように思う

そして、その摘み取った何かが与えてくれた可能性を
拒んでしまうということじゃないだろうか?


たとえ他人が言ったことでも受け入れたのなら
それを決めたのは自分だ

そして、その結果を受け取れるのも自分なのだ



これからの自分という可能性はいつもあるのだから

自分の中の好きなところ、嫌いなところもわかっていれば
自分自身を受け入れる準備ができているのだから

今までの自分もこれから変わっていく自分も

そういう日

151005.jpeg
お天気のせいでもなく
自分の気持ちもよくもなく、わるくもなく
ただの一日が過ぎていく

それがつまらないわけでもなく
そんな日々に不満があるわけでもない
ただ、ただ日常の生活がなんでもなく過ぎて
あたりまえのように一日が過ぎていく

ため息をつくわけでもないけれど
でも、なんだかなぁ・・・・と、心が晴れない


そういうときは

なんでもいいのだけど
あたりまえのように感じてしていたことや
何気なしにしている日常の一つのことを
いつもよりも心を込めて丁寧に集中してみる



そういう日もいい

未来へ

いま在るあなたは
たくさんの命のつながりの
最も今を 生きている
14602.jpeg

あなたはあなたの過去から来た現在
でも、その過去はあなたを束縛するものではない

過去があなたを成り立たせている現在だけど
あなたの未来は今現在のあなたが作っていく

環境よりもあなたの意思そのものが
あなたをあなたの未来へ連れて行ってくれる

ともすれば、あなたの育った環境が
あなたの思考を限定しているかもしれない
それはあなたがものごころつくずっと前から
あなたの思考の基礎に根付いているかもしれない

人は自分の思考を客観的に観なければ
そんな限定された過去からの自分自身に囚われてしまう

そして、周りの人たちとの関わり
どうしてあの人はあんな風に考えるのだろう
と、思うあなたは自分の考えであの人の考えを考える

人はみな違うし、時とともに変わっていく
一人ひとりが多様性を持っている

似たような仲間と過ごしているとそれが普通だと思いがち

でも、同じ言葉をしゃべっていても
どれだけ相手の考え方を受け入れることができるかどうか

さまざまなバックグランドを持った人たちと
一緒に生きていく

そんな風に周りの人たちの多様性を受け入れるながら
あなたはあなたを作り上げて
未来のあなたになっていく





どうしますか?

朝目覚めるといつもと変わらない日々が始まる
そのいつもと変わらなさがそこにある

いつもどおりなのだから
幸せを感じるか、そうでなく感じるかは
自分の内にある考え方や気持ち次第

辛い現実、厳しい現実、いやな現実なら
現実はそこにあることを認めて
それをどうすればいい方向に変えられるか
自分がなぜそれを辛い、厳しい、いやだと感じるかを
考えてみよう

ちょっとしたきっかけや考え方が
あなたの日々を素晴らしい日々へと連れ立ってくれる

そうなら!

トラウマの実験についての興味深い記事を読んだ

それは
幼い頃にある事件があったので
あなたはこうなったのだと周りの人たちから
被験者に何度も何度も言ってもらうというもの

実際にはそんな事件はなかったのだけれど
あいまいな記憶しかない幼い頃の事だし
周りの人たちからその事件の話をいつも聞かされるので
被験者はその事件と自分のトラウマを
関連付けて記憶を固定してしまったそうだ

いやな記憶の呪縛を解くことは難しいのだけれど
しかし、人は忘れる動物だとも言う

人は記憶の上書きを続けることで記憶が定着するという
そして上書きの時に一つの事実も人によって少しずつ
記憶のずれがでてくる


そうなら!
トラウマの実験を逆手にとって
いい意味の記憶の上書きをしていくこともできると思う

さて、あなたのトラウマは?

知らないということを知るということ

思春期にどうしてこの人はこうなんだろう?と思ったことがある
その時、自分の中の理想を基準にして人を見ていることに気づいた

親しい人には特にそんな風で
その人のことをきちんと見ていない自分が恥ずかしかった


昨日までのその人と今日のその人が
どのくらい変化しているかなんて考えもせずに
その人ならこういう考えのはずなんて思い込んでいたりして

そんな風に
自分が知らなかったということを知ることが
どういうふうに自分を変えるのかも少し怖かった

それに、どうしても人は自分の考え方から遠い事を
理解することはとても難しいこともその時に知った

いくらかの共感かいくらかの理解
それが自分以外の人との限界かもしれないとも

だから、知らないということを知ることは
もっと知らないことがあるのだということなんだろう
14612.jpeg

人は人の中でそして大きな流れの生きている
いつも慣れている周りのすべても
実は知らないことの方が多いのかもしれない

みんな、大きな大きな地球の中で生きている
考えることをする命のひとつひとつ

自分が求めるものを得るために
目の前にあることが大きなものに繋がってそこにある

知らないということを深くよく考えてみよう
そこにあなたはどんなことをみつけられるだろうか?